「偉そう」と言われることが非常に多いのですが、何なんですかね。地方の複数の方言が混ざった感じだから所々その人の嫌いな地域のイントネーションがでちゃってる‥?西の方の地域のなんてことない方言を「不快」と主張する人が結構多くて意外に感じるし、かといって地元では「東京に染まりやがって」みたいな批判を受けることになる。
価値を価値と感じないという話で言えば、僕も相手の価値を軽視しているがゆえにもっと平伏しなければならない所で平然とし過ぎている部分はあるのでしょう。仕事上仕方なく関東に転勤してきたような人にとって、「華やかな世界に憧れて東京に出てきました!」みたいな想定は何周も回ろうが不快だし、「いや、住むだけなら地方都市の方が便利に決まってるだろ‥」という感想。正直、風俗の種類が多いか少ないか程度の違いしかなくないですか‥?最初からそっち方面に近づかないなら特に関係はない。というか無駄に人が多い分不快指数は高い。
仕事柄、半端に高級な施設を見て回ってきたのもあります。なんか耳年増というか、「その話よく聞きます。界隈じゃあるあるですよね!」みたいな反応を僕もしがち(共感のつもりで)。例えば「遠隔」といってその存在を確信することができるかどうか。そしてそれはどの段階まで実行されうるか。そしてそれは個人に対してなぜ継続されてしまうのか‥。あるいは僕はある種「偉い」ので「サービス」を受けていると捉えることもできるかもしれません。
人口が減っていくことを悲しんでいる人もいますが、自衛が保たれるのであれば必要以上に拡大・成長していく必要はない。僕にとっての”幸せ”ってなんだ‥?そして、”幸せ”を超える”ときめき”とは‥?争いあうだけでは、得ることはできないのかもしれませんね‥!
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