戦って勝つよりも、上手く負けて反抗できない感を演出する方が賢く愛されると言います。力量差や人数差だけで考えても、どうしても勝つ方が不幸になる勝負はある。
組織的に動かれたとき、最終的に負けるのは孤立している側で間違いない。だからといって孤立している側からすれば一矢報いる程度のことが最終目標だったりするし、組織側からしても加害と離間を継続するのが目的で、生き地獄を与えたいという人体実験のようなものだったりする。
働きたくないとか言ってみても、「え?会社行くの楽しいけど?」という人とは分かり合えないし、そのクモの巣のように張り巡らされた絆ネットワークは、仮に僕がそのどれにも引っかからなかったとしても、「調べてまで」ぶつかりに来る人も多い。仕事だからと言われればそれまでですが、事実その非人道的レベルでの執拗な追尾と嫌がらせこそ「働くって楽しい」に換算している人は居る。
逆にもう一歩踏み込めば僕が「そのどのネットワークにも引っかかってない」ことが証明できるはずなのですが、奴らからすると「そんな人間はいない!何かあるはずだ!」みたいなことが起き続ける。
不登校児が学校に行きたくないとか言ってもハッピーハッピーな学生時代を過ごし何一つ詰まることなく社会人生活を営んでいるような人種からすれば「そんなはずはない!そんなことはあり得ない!」みたいな状態になるようなもの。別に不登校児が勉強苦手や運動苦手とも限らないし、そのスキルだけ別の場で伸ばす選択肢は、もっと積極的に取られても良いはずですけどね。
絆を真っ先に断ち切り封鎖され、集団での多数決で囲まれる立場からすれば、せめて小集団の数人分くらいのスキルを発揮できる分野を確立し、勝ってしまっても文句を言われないほどの実力差がある専門分野みたいなものを獲得する必要がある。その過程ではイジメも受けるし、金銭的にも精神的にも絆人間たちと比べ大きな損害を出し続けることにはなる。
まあ、多数決から逃れるには、自分の主義が多数派となる時代がくるのを待つという手もある。何もその時に少数派となるであろう人間を迫害しようというわけじゃない。可能ならば、静かに平穏に暮らしたいだけ。
しかし多数派には多数派となるべき理由が存在する。匂いなのか。波動なのか。良くはわからないが、「なんでこんなクズが結婚しているんだろう」みたいなもののもっと一般化されたバージョンとでもいうか。別に脅威だからといって必ずしも排除されるわけでもないし、普通に害悪な人間が完璧に馴染んでいるパターンも多々見てきた。
まあ僕も仕事に関してだけ言えば、実務経験という形で積み上げることがようやくできてきた‥。速攻で辞めたとは言え、責任者経験も得た。「愛に資格は必要ない」とは言いますが、仕事上の資格は細かい低難易度と呼ばれるものもコツコツ積み上げ、数社転々としながらも生活できる程度にはスキルも身に付いた。いい加減、このクモの巣追尾ネットワークはきっちりと断ち切りたいですが、誰が何の目的で僕の単なるプライベートを調べているのかイマイチわからない。「犯罪してない奴なんかいない!アックマン光線を撃ち込めばイチコロよ!」という流れなら、何一つ面白みのある生活は送ってないのでむしろ僕のカラオケやブログを直接支援してくれた方が多少はボケますよ。
絆は覆せない先天技能。そういえば精神障害者たる僕にはむしろ健常者の方が悪にしか見えないのですが、「信号無視と万引きと痴漢をきっちりこなしてるやつしか信用しない!」理論と同じく、「多数決側に入れる正解の犯罪」みたいなものが存在するのかもしれませんね。誰に答え教えてもらってんだ‥。マザファカか?
いや‥。まだ裏切らない証は存在する‥。信用と信頼の証!金!金!金!だぁっーーーーー!
コメント