僕には”心”は分からない――しかし。物理の耳がある。物理の声があるッ‥!

昨日は連続更新が途切れてしまいました。もともと毎日更新し続けているブログというわけではないので別に良いっちゃ良いのですが、目標の一つにしていなかったかといえばウソになるので、若干悔しい所ではあります。

なぜ書けなかったかと言えば、職場でちょっと”話し合い”レベルの揉め事があったせいで、近所の人~通勤経路の人間が「ガスライティング」の要因としてそこそこの人数が動員されたことにより、 僕自身も普段の信頼を裏切られた気分になりつつ、過去の会社からすればこのガスライティング――つまり、「劇場型退職勧告の前兆、劇団員(闇バイト版)」の人数がそれほどでもなかった点が「安くみられているな、今回‥。」という「嫌がらせするならせめてもっと犯罪に及ぶ程度でやってこいよ‥」感がひしひしとしてしまう残念な気持ちに苛まれつつ、ブログを書く余裕もない程度に幻聴との「対話」もしっかりし尽していたことによります。

まあ、前回の記事で書いた、「20年後、40年後にあなたたちの価値は維持できているのか」というのはむしろ建物管理のテーマの一つでもあり、20年経って努力を続けたのにも関わらず価値が落ちてしまった僕自身への自虐でもあるのですが、近所の人~通勤経路の人~職場の人からすれば、正直僕より年寄りが多い環境ではあるので、単純に「あなたたちよりも長く生きますが?」というイキリに見えてしまったということなのでしょう。

一人産むのも百人産むのも変わらない。一人殺すのも百人殺すのも変わらなければ、同時に産む理論も成り立つというのは、しかし現実ではその差は大きいとされてしまうし、一人殺しても二人目を踏みとどまる精神は大切なのは間違いない。

ごみはリサイクルへ。しかし燃えるごみは‥?排泄は‥?僕らの吐く息は、決してごみではないと断言できるのか‥?”一人”が吐く息だと仮定すると、”何人”までをごみと定義し、踏みとどまれるか。案外、その”二人”、”三人”の差くらいで、僕らは争ったり、嫌がらせに発展したりもしているのかもしれません。

殺人未遂という点では、僕は自分には一度向けたということになります。警戒され、疑われてしまうのも甘んじて受けなければならない面もあるでしょう。転職も何度もしたことで、寝返りを過剰に攻撃材料の一つとして突っつかれるのも仕方がない部分。

しかし、僕は”解説”を辞めることはありません。なぜなら、真意をきっちり説明すれば、「理解ってくれる人」が少なからず存在するから。「何に不満を感じたか」くらい、ガスライティングなんかする前に直接言ってください。僕の補足説明が必要なんだと感じたら、幻聴と対話し続けるよりブログに書いた方が早かったりするので。――さあ。息を吐くように、僕のライティングが止まらないぜッ‥!

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