「英語の勉強をしよう!」の最終目的が洋楽をカラオケで歌う、くらいなら別にそこまで多くを求めなくても良いはず。ブログにもダジャレとして活用しよう、くらいの第二の目的はあるにはありますが‥。
しかし日本のアニメやゲームミュージックだって、かつては海外の音楽にインスパイアを受けた事がきっかけで取り入れられた要素も多数あるわけで。そういった一種の歴史というか、ある種の現代クラシックな部分に触れていくというのは間違いなく文化ではあるし、不倫よりもフリーなAI倫理は果たしてそういった人間の歩みまで創作してしまうことは可能なのでしょうか。
「アルバムの曲くらいでいい気になるなよ!キャラソンはどうした、キャラソンは!あと舞台も!」とたまに言われることはありますが、いやそんなガチファンじゃなかったり、もはやストーカーの域に達するのは本意ではないので‥。あんまり「こういうタイプの奴が好む曲」として、チーズ牛丼化してしまうのも望んでいませんし‥。タバスコ付く前からチーズ牛丼を愛してやまなかった人間やぞ‥。
もちろん最新の「なんか覚えにくいな‥」という曲こそ今の自分に存在しない音感だったりするわけで、おっさんが若さを学ぶ「勉強」のようなものに過ぎないとしても、今後数十年と続いていくカラオケ人生、まだまだ歩みを止めるわけにはまいりません。「この曲のここの部分、あの曲のあの要素だよな~」というので年中ニヤニヤしていきたいです(古参感)。
「いや?言及じゃないですけど?現実的に独自の推論で辿り着けるよくある場面に過ぎないですけど?」という応答も全然アリでしょう。人によってはそれがクリティカルであったり、盗られたくない大切な要素であったりもしつつ、なんのことはなく実現できてしまう通常の組み立て部品の一つに過ぎないというケースは、やはりそれ自体があるあるではある。繋がっているようで完全には繋がっていない‥。「する」ではなく、「弛緩」というか。
僕はまだまだラヴソングの神髄なんてわかっちゃいない‥。今だ!やるんだ!恋愛しゅるっ‥!
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