思えば僕を長らく悩ませ、また心の支えでもあった「ソシャゲへの課金」を断ち切ることができたのは、「課金者はPSがない」という無課金者の煽りであり、「PS5などの最新買い切りゲームもやるべき」との論に真面目に従ってみると割とそれで時間は潰れてしまうし、グラフィック自体にも楽しさは内包されており、まさに「面白きことは面白い」という側面を体感することができた。
かといって、無課金をガチでやって「課金者の鼻を開かせてやろう!」もなんだか業者的というか、SNS的というか、あんまり好きじゃない振舞いなんですよね。それって本当にゲームを楽しんだと言えるの‥?と、真に思うわけです。課金者としてやっていたエンジョイプレイを、別に無課金でもできることを示していけば良いだけ。実力で競いたいなら、囲碁か将棋か、はたまたボクシングでもやれば良い。
僕に救いとも呼べる改心をさせた人は、今は普通に課金者として活動したりしていますが、まあそれも道‥。僕が「今までの楽しみ方を無課金で」に舵を切ったように、「今までの楽しみ方を課金で」も逆に成り立つというだけの話。僕の適正は本来ギャンブル(負ける人間として)だったのかもしれないけど、そこに陥ることなく通常レーンに戻ってこれたことは素直に感謝しなければなりません。
ここで一つ問題がある。今回、本命の資格試験にきっちり落ちた(前回と違い惜しくもない)ことで、「別に僕が目指すべき方向性ではなかった」を改めて気づくことができた(そもそも、だからこそ一発ギャグが成立し得る条件が整っていたわけだが)。素直に10年早かったと認め、また改めて基本に忠実に目指すべき中堅資格から取得を目指して精進していけばそれはそれで良い。仕事上も、ゲーム上も、一見解決したかのように見える‥。
ただ、株でガチャガチャ遊んでしまえば、結局同じどころか余計に損するのでは‥?助かったつもりが、余計に深いアリ地獄に飲まれてしまっただけの話なのでは‥?今はまだそもそもつぎ込める金額が少ないので心配しようもないですが、「景気が良いだけの時代にちょっと得したように見えるだけの無価値な経験かもしれない」と言う点は十分に注意して、上がろうが下がろうが僕自身は何一つ大きくなってなんかいないということを、肝にもチンにも命じておかなければなりません。
味方がいないから後は去るだけ‥?心に愛があるなら、愛すべき人々がたとえ敵に回っても、戦い続けるのが企業戦士‥。その看板で主張したいのは何だったのか。思い出せ‥!より良いものを‥!より良い自分で‥!絆を信じて‥!Saving the earth!
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