「誰もが判る」を少しずつ増やしていく。嬉しいじゃないですか、その繋がりが‥!

資格とか勉強とか言うとやはり反感を買うことが多いので、別の言い換えを試みてみましょう。

過去にも書きましたが、「スタンプラリー」が適切かな~と思っています。ある一定の基準を満たすみんなと共通の行為を行うという点。最短でスタンプを押すだけでなく、個人個人思い出は異なるという点。押す順番や種類によって個性が出せる部分がある点。意外と行楽的な思い出作りみたいなものなんだと思って頂けると悪い印象が薄れると思います。

スタンプだけ押しといてあんまり見るべきところを見ていない、という話も一つのあるあるではあるでしょう。しかしそれだけだとしても「思い出」としてはしっかり残っているし、無意味なものと主張するにはその押した順序は個性溢れるものかもしれない。他の同行者の影響が及び、絆として刻まれた部分かもしれない。一つのスタンプのみで無意味無価値と判断するものではなく、やはりその全体がスタンプラリーなんですよね。

いざやろうとする人がそれほど多くないだけで、何も難しい行為というわけではないのでしょう。小学生の一人旅でも達成できるものもある。しかしだからこそ共通言語と成り得るわけで、「誰もが判る!」のスタンプを増やしていくことは確かな己の自信と成っていく部分に違いないでしょう。

仮に日本のみで考えたとして、日本全国各地をすべて知り尽くしたという人がどれだけいるでしょうか。一つ一つは有名な「誰もが判る!」なのかもしれませんが、時代が流れ人の流動により「いや、いつの時代の話‥?今流行ってないよ‥」という「判る人が少なくなってしまう」というパターンもある。その場所の価値が下がったわけでは決してないわけで、たとえ「スタンプを押しに来るだけ」だとしても、その刻んでいく行為は無意味無価値ではないのだと、僕は思っていたいですね。

いかがでしたでしょうか。転職で僕も狭い範囲とはいえ地域も変わったし、違う文化も体験しました。その所々で必要とされるものは違うし、共通認識に意外と古い文化・知識が求められるパターンもある。普段は別に自信満々に吹聴したりはしません。でもたまには誇ったって良いじゃないですか。「僕の思い出」を‥!

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