僕もブログで稼げるもんならな‥。液タブ、ペロペロ、アニメ化みたいなモノが例えばブログであっても良い。ちなみに過去ブログ自体は一度廃棄に追い込まれましたが、今はどちらかといえば自伝のように本来の意味での日記的ウェブログとして活用しています。
AIに代替されない僕のオリジナリティとは?の部分は、嘘偽りない僕の日常、すなわち現実。周囲から嫌がらせを受けるという方向で注目を浴びることを逆手に取り、このブログが目立たなければ目立たないほど、むしろ僕の主張が世界に通っていると考えても良い。
しかし目立っちゃって、なおかつお金すら発生するなら芸能人や作家、クリエイターやアーティストと変わりはない。彼ら彼女らの下積み時代は別に大してお金も発生しない上に有名ではあったはずなわけで。少なくとも近所で噂になる程度には知られていないと活動者とも思えない。このラインをむしろ逆に有名になりすぎる側で突破できるとしたら、そしてそれが炎上芸のような悪意の障害者としてではないとしたら。当然に前例は少なくないものの、多くの場合は特化型のタイプであり、僕のような一般サラリーマンが目指す道とは若干、いやかなり逸れる。
僕が後続の障害者に向けて「ここまではやった前例がある。そしてダメだった」として人生を終えたとしても、例えば自認障害者だろうが自認健常者だろうが事実として障害者なら起きる事象は変わりはないように、「ひとつの事例として。事実として。そして次に向けての判断材料として」活用していただけたら、少なくとも国内数十万人は現存する同じ統合失調症患者の堆肥くらいにはなる。金にならないのにブログを続ける意義は少なくともここにあるし、芸の肥やしとしてのゲームやカラオケも遊んでいるというより勉強させて頂いてる気分。よし、今日から配信を見た時間を勉強時間にカウントしてみよう(冗談半分です。つまり50%までなら算入可能です)。
押しくらまんじゅう押されて泣くなと言いますが、平等に押し合うのではなく、サッカーだとしたらフィールドの相手チーム・審判だけでなく味方チームもベンチも監督も乱入のファンも喚声を聞き付けて通り掛かった通行人にも徹底マークされ避ける隙間もない8方向ぶつかりおじさん状態。正面からムッツリスケベでぶつかりに来る通常タイプが可愛くすら思えますね(可愛くはない)。しかし金が発生するなら、脳内で勝手にゴリラのぬいぐるみかなんかだと置き換えても良い‥。
嫌がらせに屈する方が悪い。一理はある。しかし普通の健常者が労働するよりむしろハードなら、この「金になるライン」を越えたとき、どうなるのか。嫌がらせが僕の明確な「得」になった瞬間、僕の世界はどう変わるのか。もちろん、別に「気持ちいい」とかの方向じゃないですよ、それならもう達成したようなもんなので‥(遠隔)。そして、「僕の主張が世界の普通として溶け込むだけ」だとしても、僕は満足ではある。
設備員として災害時の対応でも再点検したほうが良いのかもしれない。しかし、今僕の生きる根幹をなしている部分も、それは別に心のチンポとか言うでもなく、「普通に平穏に暮らしたい」という平和伝説をぶち上げていきましょう‥!

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