「みぃちゃん」ではなく「みい山」と略すのだそうです。自認山田さん派が案外多いようで、蔑称も「みいちゃん」と大文字な模様。失礼しました‥。謝れる精神障害者でありたい。引き続き、多くのSNSでの感想と同じく、深くは読み込まない状態で適当感想を書き殴っていきます。
まだまだSNSで激論が継続しておりますが、絶妙に「そんな意見がそんなに多いわけなくない‥!?」みたいなのがバズってる。みいちゃんはある意味自立しているとの論に反対する「可哀そうは可哀そうとして管理されるべき!」みたいな主張の方が支持されている。他にも、「障害者であるという告知」の問題について「とても重大なものとして厳重に管理されるべき」との論の方が強いのが違和感。精神障害者当事者としては「障害者であるという事実それ自体よりも、それを差別して石を積極的に投げに来る勢を毎日毎日躱したり距離を取ったり、あるいは時に反論したりする方が普通にタスクとしては重いんだけど‥」とは思う。百歩譲って関係者に迷惑は掛かるとして、関係ない差別者が石を投げに来るのは100%健常者側が迷惑者であり、障害そのものでしょ。
とはいえある種のネタキャラとして爆発した、「液タブ破損事件」は、「一目でわかるような障害でなく、身体ではない箇所の障害所持者が目指すべき、”己がアート”、すなわち”傑作”、つまりは”アーティスト”」というギャグ要素を真っ向から破壊する契機として、それでいてそれが大事件になり得るのはそれが「答えの一つだから」だと僕は思っているわけです。顔面パオペエか?と言えるほどの人間ならすでに保護されているわけで。頭が良いってつまり顔面も含めてなわけで。知能が低いとは?精神に障害があるとは?「絵にはならない生きざまでしかない」でありつつ、その劇画タッチは別に絵だったかもしれないし。「みい山」が娯楽作品である以上、「みいちゃん」はある程度”傑作”ではある必要がある。そうあることが、円滑な社会生活を送るためのきっかけとなり得る人もいるし、なんならお金すら稼げるルートも存在する‥。
みいちゃんに石を投げた人間たちの名前をひとりひとり言えるか?いや、ガチファンは言えるのかもしれないが、「ネットでちょっと見ただけ」の人に刻まれた生き様は別に山田さん超えて全然みいちゃんのはず。確かに単純に「障害者」呼びするよりも、弄ばれたうえに死すら確定された「みいちゃん」呼びの方が悪意は強いかもしれない。しかし記憶には残ったね?タコピーはまだ覚えているかな?そう、いずれ忘れるかもしれないにしろ、「影響力」という意味では、こんなにも人の気持ちを揺さぶり、多くの感想を呼び起こし、「障害者をこき下ろしてやろう」とする動きにしても、その加害性をネット上に露にすることには一応成功しているわけです。つまんなくなるならつまんなくなるで別に悪影響はなくなるはずだし、どっちにしろOKでしょ。
人はいずれ死ぬ‥。そしてそれまでにどう生きるか。こんなに寄って集って関係ないはずの「みい山」というフィクションに群がる僕らこそ、彼女らにとっての”障害”なのかもしれませんね……!(大・団・円)

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