勉強は恥ではなく、むしろ「まだ達していない」という謙虚な行いなのだ

「公共の場で勉強するような奴が休日の勉強時間が8時間程度とかw」とかいう論が出現したようです。いや、正しい。おっしゃる通り。

そもそもが「勉強、カッコ悪い」という風潮は昭和の時代から根強く残っており、現代の価値観は戦後要素を取っ払ったバブル期と全く同じと考えたとき、古き良き「少しでも多く勉強をする奴の邪魔をしてやろう」というメンタリティが現代風アレンジとしてむしろ恵まれし者たちの価値観として誕生しても自然な成り行きと言えるでしょう。

果たしてその先に生まれるのは何か?といえば、当然に第二の就職氷河期であり、今の小学二年生くらいの時期の人も「あと5年はおな環で安泰だな~」とか言ってる場合でなく、もう精通してるかもしれないライバルたちとセッさ逞し、パイの総取りを目論む現在の中二・高二たちに打ち克つ主砲を育んでいかねばなりません(半分冗談ですので、念のため)。

話を戻して、「小学二年生の平均的勉強時間」をもし休日に行ったとすれば十分と考えてはどうでしょうか?かつて「働いたと思って12時間勉強を継続した」という論にすら批判が集まりました。サービス残業や睡眠も家族との時間も惜しんで働いている人の身にもなれ!みたいな。いやいや、知らんがな‥。令和ぞ、今は‥。安全第一。工期よりコストより命だいじに。品質?基準を満たせば上等。休憩とか取らないの、みんな?睡眠ゼロで1年を越える長期戦をエナドリだけで戦うつもりですか?

僕から言わせれば、8時間でも多い。仮に通勤時間や職場での休憩時間、仮眠時間等を割いて勉強時間を確保し終えているなら、「今回の休日はなんの予定もなく体調も万全で、ちょうどプラスアルファでなんかしたかった」くらいの日に8時間になるくらいで丁度良い。最低限の下振れノルマを高くしすぎた上に「それだとしてもダメ」は僕が中学生のときに同級生に言われた「将来のお前」的な呪いの話であり、それを何か越えられたとしたら僕はブログとカラオケくらいのもんだから、全くもって社会的には正にそいつの言い放ったスケールに小さくまとまった僕自身は「その域をでない男」として安心感とか優しいとか真面目で誠実とかしか見るべき所はない。

極論リスニングと言えないくらいの聞き流しだけでも勉強時間にカウントしちゃうくらいの緩さは欲しい。トータルで考えたとき、通勤時に大して心休まらないなら、もう勉強でもしちゃった方が良いというのは、アカンチカン行為に走るよりは健全王してると思うんですけどね‥。

あ、痴女は募集してますが‥。勉強の邪魔してください!遠隔でのエントリーを絶賛受付中だぜッ‥!

コメント