「勉強が得意に産んでくれてありがとうだろ!」との野次を外野から頂きました。この指摘には彼らの前提が間違っているという点が一つ、そしてある程度昔の勉強に対するスタンスの話から”説明”がむしろ要る可能性があるため、義を持って解説します。
まず、僕の親世代は高卒で高学歴くらいの認識の時代。父親は中卒で後に高卒資格は取得しましたが、全然学歴重視の家とかでもなんでもないです。なんなら教えに反抗して無意味な勉強とかに拘っている”悪いコ”なのが僕です。オレがアウトロー。”会社員”などという外道を突き進む、安定を目指すクソ野郎さ‥。
しかし確かに環境という面で、周囲に恵まれていなかったか?と言えば、「周りに勉強を努力するようなタイプがあまりいなかった」というのは確かに大きいように思います。僕みたいなタイプって、他の人がやっていることは遠慮して「ちょっとずらす」をしがち。例えば父親の読書趣味は兄はそのまま受け継いでるけど、僕は資格書を読むみたいなちょっとずれた受け継ぎ方をしている。資格にしても運転免許寄りというより設備管理寄りにシフトしている。僕が今進んでいる方向性が定まり始めたのは、間違いなく今まで出会った人々が「別にすでにやった上であまり効果がなかったことを微妙にずらしている」ということもできる。もちろん、そのままやる自信がなかったとも言います。なので周囲に例えば勉強、あるいは資格取得で会社員としての立場を固めて行こうという人がいなかったことは大きいかもしれません。今は何度も転職をしたことでかなりの人数遭遇してきましたけどね。
まあ要は僕はどちらかといえば努力の勉強家であって、好きでやっていることというわけですらない。”仕事”、”義務”、”生活のため”だから、多少のストレスがあった所で継続を選び続けるような行為なんですよね。それは時には一つの会社での勤務以上に優先される。転職をせざるを得ないような状況もあったからこそ、ポータブルスキルを優先している。社外秘?企業秘密?それは公然と他社で活用可能ですか?転職前提なら、「むしろそんなものは無価値」なんですよ。合法的におおっぴらに使えないなら意味などない。
大切なことは全部、もうすでに学校で教えてくれているようなことかもしれない‥。そう、保健体育ですら‥。吼えろミュージック!いきり立つオレが”アート”!星など出さん、僕自身がクリティカルだッ……!!

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