居場所が確実になくなっていく感じがまた、切ないですね。

なんか最近、むしろ僕の方が下ネタとダジャレを好むエセ文化人気取りだと認識している人が一定数いるようです。いやいや、それが「凄いこと、教養」だと主張する層が根強いので、「別に僕のような人間でも可能なのでは?」と提起しているだけの話です。極論、凄く好きで凄く興味がある人の話は、あーでもないこーでもないと深く読み解いたりしませんか‥?「考えれば作れるし、解読も可能」なら、「単に興味を持たれていないだけの話では」という論調に持っていくことができると思っています。

とはいえ、本当に古典レベルの「流行とかとうに超えたお勉強レベル」に関しては、確かにわからないものが非常に多いと言わざるを得ない。同じように、「旬が過ぎた流行」もまた、「なんのことだっけ‥?」という、面白くはないかもという状況になる。リアルタイムで追える情報なんか限りがあるし、「100%受け取れるだけ受け取る」という行為は限られし者の特権なのかもしれません。

なら、別に全部読み解こうとしなくても良いのかな、と気軽に考えるべきなのでは?というのが、僕の主張です。資格試験だって満点じゃなきゃ合格じゃない、というわけではないですし。この文章で僕の本当に言いたいことは、「教養の強要、今日yo!」である可能性は否定できないし、それは自分ルールだろと言いたくなる勢も出てくるかもしれません。真っ先に縦読みから探すようになるのって、「横からも読める‥!」で有名な話と同じく、少し改めなければならないことかもしれません。

一部の階層の人間は、僕の名前の横にケツの穴が表示される特殊権限を所持している可能性もありますし。「そもそも、全部の理解は無理なのだ」と、もっと肩の力を抜いて楽しむべき‥。全人類のケツの穴をしっかりと確認したいのであれば別かもしれませんが。

もはやただの努力だし、お勉強と化したとき、なんだか生き辛くなったような居心地の悪さを感じてしまいます。足を引っ張るのではなく、ハードルを下げていけたら‥。積極的に、「もう無理だ」と意思表示していかなくてはいけない。宣言します。もう、しばらくカラオケには行きません‥!

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