「もう勉強が不要な時代になったのだから、資格資格言わないでもらえますか?」みたいな話もたまに受けるので、普通に迷惑をかけてしまっているのであれば僕も真摯にこれに向き合うしかない。この人にとっては「ブログという形式でネットの片隅に載せているだけでも」十分に迷惑なのでしょう。表現の自由は僕も完全に成し得るものではないと確信しているし、言わないべきこともあることくらいは流石に会社員歴は2桁年数の僕、「嘘を吐かないのは童貞だ。データは嘘を吐かない。」との主張に従い、一応のデータも物理的に載せていくべきでしょう(眼鏡クィッ↺)。
皆さんは大人のキッザニアをご存じですか?タイミーだけではありませんよ。普通に、金も時間も有り余った人が中途入社でふらっと遊びに来るケースというのは案外多く存在する。彼ら彼女らに取って、お金は必要でないはず。ではなぜ労働に‥?まあ、「遊びに来たよ!」ではあるのでしょうけど、それは僕ら下々の者と「体験したいから」に違いはなく、それは今まで僕らが使ってきた言葉に置き換えてみれば「勉強」が一番近い。普通にしているだけでかなりの時給が発生する彼ら彼女らが、行動に大幅に制限がかかる「労働」を選ぶ。つまり、給料を貰いながらも、大きな損失を出したうえでしている体験なのです。本来は、無駄な選択をすればするだけ金額換算でマイナスになっているといっても過言ではない。それだけ彼ら彼女らの生きている時給換算の桁は違う。命の価値が2憶円とかでは全然収まらない方々です。つまり実質「金を払って」「お勉強しに来ている」と認識しておけば問題ない。そう、これはむしろ本来お金を全然取れるコンテンツなんですよね‥。「勉強」って、ゲームとか旅行ほどにはカネはかかりませんが、やはり金を払ってやっている行為であることには違いありませんし。
やる人がいない不人気コンテンツがどうなるか皆さんご存じですか?そう、上位に簡単に食い込めるようになる‥。「そのものの価値は下がるが、希少価値による社会的満足度は爆上がりする」、そういったものが今後の勉強になっていく可能性はあります。もちろん、ゴールド自体の実用性は引き続きあるが如く、勉強の価値自体も別にあり続けるのが現実でしょうけど。
なにも「全員で勉強でてっぺん目指そう!」とか先導しているつもりもないのですよ。自分の興味のある分野で、「”若干苦行だな”と思ってしまうくらい」に継続したとき、もうその分野はあなたの得意分野になっているはず。AIとの対話が苦手なら、それこそ歌を聴いてもらうとかでも良いはず。なにも文章や音声でだけ語らい合う必要はない。労働があり続けるか?の話ですら、もはや「金を払って労働することになるかもしれない」のならば、勉強ですら自分の”好き”で埋め尽くしても良い。しかし、ただ怠惰に楽しみつくすだけでなく、創意工夫研究の想いを忘れなければ、僕は別に”勉強である”と認識しています。
昨日の食べ物は全て消化し尽くしましたか‥?便が強まっただけであれば、もう少し咀嚼に工夫がいる‥。僕が解説を手伝う。さあ!不満点を述べよ!僕は別に、辞めても良いことかもしれないから‥!!

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