「人が多い」以外に何かあるのか、逆に…?僕の場合は通勤に便利、くらいだがそれも”人が多い”の副産物なので‥。

ネタがないからぶつかりおじさんの話でも蒸し返すか‥。これ、要は「興味を持たれていない相手にちょっかいをかける」という陽の行為ではありますが、同じ行為でも迷惑になることはあるよねという典型ですよね。挨拶を「波動拳」と称して「こちらからアクションを起こして相手に”無視する”か”応える”かの2択を迫る強手」という論もありましたが、まさしくやっていること自体はぶつかりおじさんそのもの。何度も書いていますが、電車内の他車両に至るまで挨拶して回っているんですか?通勤ラッシュの満員の時でも?迷惑だとは思わないんですか?信頼関係も、相手の状況も考えずに挨拶をするのは、やはり控えたいですね(もちろん、挨拶=”金持ってこい”の場合は別かもしれませんが)。攻撃のつもりでやっている人が後を絶えないから、挨拶否定派も根強いんでしょうに‥(気遣いとしての”声掛けしない”を選ぶ人が多い)。

少し話はずれるんですが、「上京」も少なくとも2パターンはあると思います。まさしく都会で優雅に働きたい別に選べる×ラブなタイプと、他で働き口がないから仕方なく消去法で都会周辺に住んでいる名乗らないニンジャタイプ。僕はむしろ後者の方がボリューム的には多いはずと思っているのですが、キラキラSNSの民には前者の方が優勢だという論が根強いようで‥。出稼ぎってワードはもう死語なのか‥?

まあコロナ化で越境に対して過敏になったせいで、過剰に上京自体を批判している勢がいるのもわからなくはないです。渡米だって「アメリカンドリーム狙いか!?」とステレオタイプに思う人もいるでしょうけど、極論隣町に引っ越したって異分子扱いくらいはされます。ちなみに、現在僕が住んでいる町での居住歴はまだ10年くらいですが、隣町に4年くらいは住んでいました。僕としては「ほぼ動いてないんだから中学生くらいでしょ。チュウニズムを立ってプレイしているようなもんだ‥。割と堅実に周囲に溶け込みつつ働いた感も出しつつ頑張ってんだ、こっちも」とも思いつつ、少なくとも地方税払ってる期間はそこそこ長いっしょ‥と言いたくもなる(しかし金持ちの消費税のみで瞬殺される)。

自転車があればすぐに隣町にはいけるかもしれません。プライベートジェットがあれば海も越えられるかもしれません。あるいはプライベート・ロケット・ダイブシステムが自宅にあれば、いつでも時空間すら越えていけるのかもしれません。でも、自分がどの程度の生活を望んでいるのか?果たして、それ以上遠くへ行く必要があるのか?その距離は、それぞれによって違う。例えば、「車の運転が苦手」という1点のみでも上京を決意する理由にはなる。ぶつかりおじさんに車を与えたら、ガチで命の危機にもなりますからね‥。自転車くらいではさほどではなくとも‥(もちろん、大量のぶつかりおじ<車装備>が爆轟とともにあちらこちらから現れて来るはずなので控えているという意味です)。

この街に居ついた間に、排気ガスの一つもそりゃ出しています。現代人ですし‥。ですが、もし自動運転が安心できる形で実現するとしたら。僕みたいな人間は、わざわざ人の多い街に不快な思いを感じながら住み続ける必要性は、真の意味で無くなっていくのかもしれません。その、途中経過をどう生きるかが大切。まだまだ労働者人生はおそらく30年はある‥。その途中でお役御免になる日が来るならば、その時にはもう少しだけ、いい生活と、辺鄙なところに引っ越したいですね‥!

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