嘘から出たまこと

僕が嘘とか手加減を必要以上に嫌うのは、まあ地域性もあるのかもしれない‥。その地域では割とあるあるな言い回しだったとしても、別の地域では嫌味ったらしい「お上品」な言い回しに感じることもある。一つ一つの状況を詳しく考えていけば、初見でも知識・気遣い・愛などで辿り着ける答えだとしても、転職を重ねがちな僕としてはそもそも状況を把握するのにも神経を使わねばならず、圧倒的不利感が否めない。

それでも、嘘や手加減を使いこなすのはやはり高等技術だと認めざるを得ないでしょう。なぜなら、それが嘘であることを把握し、相手にも一定の割合で通じる関係性を築いていなければならないので。嘘から出たまことという言葉がありますが、厳密にいえば本当、というパターンは結構起こり得ること。理系の人はどっちかといえば「嘘に見える本当の事」を駆使したくなるタイプですよね。僕も一見夕日に見える日の出の写真とか好きです。貴様にはsunの裏表もわからんのか‥みたいな話。

指摘して良いのか問題もあります。足に軽い障害がある人がいたとして、内勤やるだけなら業務上あまり関係ないし、わざわざ口に出す必要はない。とはいえ、関係性ができているなら冗談のネタにだってしても良いでしょう。同じように、嘘だろうとわかっても「この人、ガチで知らないんじゃ‥」という想いもありつつ、「でも本筋に関係ないし、指摘する必要ないか‥」という心理になりがち。それで減点されてしまうくらいなら、最初から知ってるかどうか聞いてくれよ‥とは思ってしまう。でも地域的に直接聞くのは失礼、という慣習があるパターンは確かにありそう‥。

人に年齢を聞くのは失礼って、年齢で何かを判断して対応を変えるのが失礼ということであって、別の方法で年齢を探れば失礼に当たらないとかじゃないでしょう。それでも知りたけりゃ本人から聞けよと思ってしまう。

昔は経歴詐称で入社するのが当たり前みたいな文化があったので、その名残かもしれませんけどね。最近追尾がかなり減ったのもやはり転職期間中の調査が終わった影響もあるのでしょう。これ以上の調査は単なる加害だという自覚くらいはあるようで。

こんなひたすら本当のことを言い続ける人間を試したり調査したりする必要ってあるのか?と疑問にしか思わないのですが‥。心を読まれて嘘すら吐けない状況に陥ったことが、一度たりともないのでしょうね。可哀そうに‥。

僕にとって、調べればわかるようなことを知られたところで、「いや、当たり前ですが‥」としかなりません。そもそも嘘を申告していないので。そんなクソどうでも良いことを「お前を監視しているぞ」アピールにできると思っている時点で、個人情報の理解度の次元の違いが滲み出てしまっている。心をリアルタイムで読んでから出直してきてくれませんかね‥。(補足:陰湿な加害者に向けて言っているだけです。これを読んでいる方の中の1%くらいは無関係です。心まで読んでいる0.1%くらいの方はご自由にお調べください)

人によっては、遠隔接触という単語も嘘になるのでしょう。冗談でも下ネタでもなく、最初に受けたときはステルス化したゴ〇ブリが這い回っているのだと警戒しました。ミミズが這い回る感覚とは正にこのこと‥。これは果たして嘘だと証明できるのか。それとも、新時代の暗殺技術となり得るのか‥。忍法の基本の一つ、腹上死‥。まあ、死に方としてそれもアリっちゃアリですが‥。せめて、その存在の証明くらいには至りたいものですね‥!

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。